冨永愛vogue誌高校生で何決意?美の法則ネタバレ覚悟で絶賛?

若い頃より現在の冨永愛の方が断然素敵と思うファンは多いかもしれない。

落ち着きはらった深みのある大人の眼差しは、まさに妖艶かつスマート(クールの表現が適切か?)。

アラフォーとなった現在では、モデルとしてタレントとして自信にあふれ堂々と君臨している風に感じられる。

ファッション業界ではまさにトップリーダーでありレジェンドといえる彼女も、一朝一夕に名声を獲得できたわけじゃない。

ファッション誌vogueで語った高校生時代に決意したモデルデビューに向けての海外旅立ちから、もろもろ紆余曲折のエピソードを踏まえ、前半生の集大成として発刊した「美の法則」は、現代の夢や希望を失いつつある若者たちへ向けて強烈なメッセージを送ってくれた。しかも己のコンプレックスさえ隠さず赤裸々に堂々とさらけ出す冨永愛をリスペクトする人たちが急増している。

「美の法則」をネタバレ覚悟で感想を述べるファンの彼女ら(彼らも)はもはや冨永愛に感化され、その人たち一人ひとりが人生の新たな一歩をそれぞれに踏み出しているのではないだろうか。それほどに強く熱いエナジーを感じさせる崇拝コメントが感想となっているのだ。

冨永愛の美しいプロポーションや高身長、クールな顔立ちは天性のものかも知れない。しかし、それを維持向上させる努力は半端じゃあないはずだ。

モデルの世界でトップに君臨し続ける彼女の人間力を詳しく紐解き、あとに続く若者たちに伝えるべき彼女の人生訓とは何なのか、わかりやすくまとめてみたいと思う。

高校生で飛び出す決意

vogue誌で連載される冨永愛のサクセスストーリーでは、決して順風満帆とは言えない彼女のリアルで厳しい現実が語られている。

冨永愛、モデルへの道 Vol.1】17歳のDeparture。 | Vogue Japan
高校生時代の冨永愛
出典:vogue.co.jp

この紙面で詳しく語ることはしないが、「美の法則」でも語られる共通点として、一歩を踏み出す勇気とチャンスを逃して後悔しないこと、このことを若い人たちに強くメッセージとして繰り返し訴えているように感じる。

高校生17歳の時、単身海外へ言葉もわからずモデルとして初挑戦のため飛行機に乗った冨永愛。

どれほど心細い思いをしたのか、その時のエピソードを読むと切々と伝わるものがあった。でも、強い憧れと夢が勝り成し得たわざがこの時の武者修行だったのだから説得力がある。

当然、これに続く現地生活もつらく厳しい現実や、日本とは違う習慣や常識感やで悩むことも多々あったはずだ。しかし、これらを克服することが出来るバイタリティーとポジティヴ思考を持ち合わせていた冨永愛は、重ねた努力でわずか数年のうちにニューヨークでのランウェイデビューを果たすことになる。

きっかけはテレビ番組

高校生の当時、決して不良ではないけれど超ミニスカートをはいてかぶいていた冨永愛は、すでに少女雑誌のモデルをしていたのだが特別生きがいにしていたわけではなかったようだ。

しかし、彼女が唯一夢中になっていたのはテレビ東京で遅い時間帯に放送していた「ファッション通信」だという。華麗なるショーの美しさ、そして華やかさにくぎ付けになった。

イタリアのデザイナー、ドルチェ・ガッバーナが演出する本物のファッションショーを見て、いつかはああいった一流のランウェイを闊歩し注目を集めるモデルになりたい。自分の中で強烈な動機が生まれた冨永は、周囲の勧めもあって海外へ旅立つ決心をするのだった。

詳しい内容については彼女が刊行した「美の法則」に掲載されているのだが、売り出し中の販売品であるためネタバレ等の公表行為は避けなければならないが、読んだファンから冨永をリスペクトする感想文がネットで多数寄せられているのだ。これこそネタバレに近い部分が垣間見られるがご安心頂きたい。

「美の法則」本書の内容は購入して読まない限り、伝わってこない感動がそこにはあるのだから。

コンプレックスを逆手に取る

話は変わるが、冨永愛の恵まれたプロポーションは小さな島国の日本の中では時として好奇の眼差しで見られることが多かったようだ。いわゆる普通の女の子じゃない、高身長で足長の冨永愛は彼女自身にコンプレックスを感じていた。

どこか別の世界に行きたい。そんな漠然とした逃避行的思考も海外渡航のきっかけになったのかもしれない。

でも彼女の場合、決してそれは逃げじゃなく、高身長で足長が素晴らしく評価される外国へゆくべきだという発想の転換が未来を切り開いたのだと思う。

もちろん15歳の頃から雑誌モデルをしていたのだから、高校生になって179センチメートルの身長がモデル業をするうえで有利にはたらくことは当たり前に気付いていたはずだ。

しかし、こと日常生活においては(特に通勤電車などで)好奇の目で見られることは、思春期の女の子にとって耐えがたい子のなのかもしれない。vogueの連載自叙伝でもこのあたりのエピソードは語られているので、機会があればお読みいただきたい。

誤解されやすいことを承知で書き込むが、よく生まれつきお体のご不自由な方々が強くポジティヴに生活されていることを見聞し、ご自身のハンデキャップをどのようにとらえているか質問すると、多くの方がハンデキャップではなく私の個性なのだと考えているとお話しされるようだ。

素晴らしい思考だと考えるが、これは普通に背が高すぎる人、低すぎる人などもまさに個性そのものだし、神様が与えてくれた特徴なのだと痛感する。これはどんな人でも当てはまることであり、こんな鼻は整形したいとか唇を厚くしたいなどと自身の特徴を欠点とみなしたことは一度くらいみんなあるはずだ。

でもそれは欠点じゃなく自慢すべき長所なのだと教えてくれているのが誰あろう冨永愛なのだ!

冨永愛 美の法則】カラダの「ある場所」を意識するだけで、姿勢や動きは美しくなる | 冨永愛 美の法則 | ダイヤモンド・オンライン
アラフォーとなった冨永愛は一層美しい
出典:diamond.jp

冨永愛からメッセージ

冨永愛ファンの読者諸氏からネタバレ覚悟で寄せられたリスペクト感想を少し引用させていただき、冨永が現代の若者たちに贈るメッセージの要約をまとめてみよう。

著書から教えられたこと…先ず自分を知ること(出来ることとできないことがある。それを踏まえてチャンスを待つ。そしてそのチャンスは決して逃さないこと)。

確かに若いときは可能性を追い求めて、不向きなジャンルへ突き進み、結果挫折と遠回りをすることがある。

しかし、筆者は決してそれが間違っているとは言いたくない。失敗を繰り返し成長するのが人間だし、不向きなジャンルの経験も人生を生きる上では無駄にならないことを何度も経験しているからだ。

ただ冨永愛のケースでいえば、彼女自身の身体の特徴、そしてそこから見いだされる限りある可能性のうち、何がやりたいか当初からはっきりしていたから迷いがなかった。自分を知ることとはそういう意味だろう。

著書から教えられたこと…白鳥のように優雅に努力する(白鳥は水面に浮いている部分は優雅に美しく目に映るが、水面下では必死になってもがいている)。

世界をまたにかけるトップモデルらしい例えだが、美しくランウェイを闊歩する憧れの存在は、見えないところで日々鍛錬を欠かさない。読めば当たり前のことのようだが、一流になるための努力は半端じゃないだろう。

しかし筆者は思う。この比喩は他にも意味が隠れていて、全てが順風満帆にみえる冨永愛の人生も、私生活では試練の連続だったことをいいたいのではないだろうか。

結婚し出産後離婚を経験。再び恋愛をした相手に裏切られ辛酸をなめる経験を重ねた。

しかし、こうした辛く悲しい経験をした冨永愛だからこそアラフォーとなった現在の方が美しく輝いて見えるのだろう。高校生でvogueに取り上げられた若く美しい時代の冨永愛も、もちろん素敵ではあるが。

彼女の年輪は幾多の経験が肥やしとなって美のオーラで幾重にも重なり、その集大成が「美の法則」でまとめられたものだと確信する。ネタバレ覚悟で感想を書かれたファンの皆さんにも筆者はリスペクトと賛辞を贈る。

コメントを贈る行為は、彼女の後に続き、ファンのみなさん自身の人生をかじ取りし始めたにほかならないからだ。

こうした心温まるメッセージは何度読んでも気持ちの良いものだ。投稿者お一人おひとりを心から応援していますよ。

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エピローグ

冨永愛のように目指したジャンルで成功をおさめた人の文章は説得力が違う。

雑誌vogueの連載記事や、著書「美の法則」を読んで、私にも可能性があると勇気をもらった若者は相当数いるんじゃないかな。冨永愛の性格から察するに、脚色した内容は皆無であり全てがありのままの事実だろう。

まして彼女は自分の本質を飾ることをしないし、むしろコンプレックスを感じている部分をさらけ出してしまう。こうした人間臭さが一般人の心に響くところがあるのだ。

一般人の若者たちは、彼女をより身近な存在に感じただろうし、トップスターでもひとりの人間であることに変わりがないことを実感できたはずだ。

但し、彼女が凄いところはファンのネタバレ投稿にもあるように、チャンスを逃さない努力を続けていたところだ。人生は思うよりずっと短い。迷ったり、言い訳している間に機会は通り過ぎてしまうかもしれない。

本当になりたい職業に就くことが出来る人はほんの一握りといわれる。

たとえ希望の職業になれなくても、そのために納得いくだけの努力を重ねた人は後悔なんてないはずじゃないかな。

迷いは誰にでもある。しかし、決断し実行するまでの猶予は限りがあることを忘れてはいけないだろう。

冨永愛が愛情をもって教えてくれた教訓に背を向けてはもったいない。